ソンファンダン

ソンファンダン(성황당、Seonghwangdang、城隍堂)

月明洞の文化館から珍山(チンサン)ヘ越えて行く道、アプソッコルの頂上にあるのがソンファンダンです。

先生がチンサン小学校に通っていた時、家に帰る途中にこの丘の木の下で休みながらしばし昼寝をし、先生軍隊除隊した伝道に通いながら夜遅くに行き来するときに疲れて、夏にここの岩を部屋として寝ました。伝道の帰りにチンサンから夜道ってくるに、っているのを場所もここです

ソンファンダン©摂理

歴史のアルパとオメガの地、ソンファンダン

1978年5月23日に先生が故郷を離れてソウルに行く時、お母さんが涙を流しながら先生を抱擁して見送った場所でもあり、1999年1月8日に先生が世界宣教に旅立つ時に涙で越えた丘です。

 

1978年、ソンファンダンの丘を越えてソウルへ

1978年5月23日の朝、先生はソウルで福音を伝えるためにソンファンダンの丘を越えて行きました。数千ウォンと御言葉の図表を携えて。そこから歴史が始まりました。

ソウルへ©摂理

 

ソンファンダンの木

ソンファンダンには、昔、偉い官職をしていた人が植えたという樹齢300年にもなる木があります。その下には大きな平たい岩が敷かれています。ここに「貴人が出る」という伝説の木であり、郡の保護樹です。

ソンファンダン(城隍堂)とは、昔、人々が土俗信仰をしていた頃、村や寺の入口に石を積み上げて、木の枝、お金、わらじ、五色の布切れを吊るし、ほこらを建てて神に祝福を願った所のことです。

このソンファンダンにある木も祀っていた木なので先生は切ってしまおうとしましたが、一人のお坊さんが王を象徴する木だと言ったので、切らずに残しておくようになったそうです。

ソンファンダンの木©摂理

この木は一本に見えますが、実際は夏に花が咲くときに見ると、時間の間隔を置いて二種類の花が咲きます。ミズキの木とクマノミズキの木、この二つの木がくっついて育ったのです。

※ミズキはクマノミズキより1ヶ月ほど花が咲くのが早い

まさに御子と先生、主と私たちを象徴するカップルの木です。

 

ソンファンダンの形象岩

2013年末。アプソッコルを登って来る人がミズキの木の下の大きな平たい岩に先生の横顔の形象を見つけるようになりました。ワシ鼻で、讃美しているような口の様子が先生の横顔を想起させます。

先生は「ソンファンダン全体の左右の様子を再び撮ってみなさい。」とおっしゃり、確認のため、写真を撮りに行ったところ、先生の横顔の岩を月明洞の文化館の方から見たら『御子の形象』が見えました。

彫刻家がわざと作ろうとしても難しいものを、御子が、まるでコインの両面にそれぞれの形象を刻むように、岩の両面に御子の形象を彫刻しておかれたのでした。

一方は先生の形象で、一方は御子の形象。ソンファンダンにはカップルの木とカップルの岩まであります。

 

『神は最も近くにいる人よりもっと近くにいる。神だけがいつも私たちと近くにいることができる。だからいつも神と一緒に生き、神を愛して接しなくてはいけない。』と先生は教えてくださいました。

先生のようにいつも神様と近く、共に生きる人生を生きましょう。

~想い出~

1.新歴史踏み出し 振り向くと
わが兄弟も泣いた われも泣いた
吹雪の吹きつけるソンファンダン道
越えたあの夜が懐かしい

2.摂理史巡りて幾年か
天の宮 御旨で結んだ愛
どうして忘れよう 主の愛
雨雪降れども永遠だろう

♪間奏♪

どうして忘れよう 主の愛
雨雪降れども永遠だろう
どうして忘れよう 主の愛
雨雪降れども永遠だろう
どうして忘れよう 主の愛
雨雪降れども永遠だろう
永遠だろう


コメント (1件)

  1. 歴史を感じます☆

  2. ソンファンダンの経緯も讚美も大好きです(^-^)/
    先生の決心!
    お母さんの愛!
    考えただけで胸が熱くなります(;>_<;)

  3. 多くの経緯がある場所ですね!
    いつも、神様の近くで生きたいです。

  4. 感動的な経緯が詰まっているので、ソンファンダンの話を聞くと、心が湧き上がってきます

  5. 歴史…ですね。胸が熱くなります。

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